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逢善寺本堂 茨城県有形文化財
寺伝によると最澄の弟子覚叡が諸国修行の途中、逢善道人の庵室に宿し、道人の頼みにより寺を開き、千手観音を安置したのが始まりとされる。淳和天皇の時に勅願所として創立。享徳年中(1452-55)七世祐秀の代に檀所としての基礎が出来た。元亀元年に学頭になった定珍の代に織田信長によって比叡山が焼き討ちにされ、関東天台が法灯の継続に貢献した。文政七年(1824)堂宇焼失し、天保十三年(1843)に落成した。書院・庫裏は文久2年(1862)に。仁王門(1659(万治2年))は明治2年に東京の日枝神社より移された。
定価 10000円 頒布終了 残部なし
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観音寺仁王門・本堂 茨城県有形文化財
山号は威徳山地福院。鎌倉時代、嘉禄2年(1226)に創建とされる。開基については行基、最仙の二説がある(寺院書上、棟札)。大永5年(1525)熊野から下向した聖教海が願主になり、江戸崎・竜ヶ崎のの領主・土岐原源次郎治頼を大旦那にして観音堂を再興した(棟札)。江戸時代も代々の領主により保護され、現在の本堂・仁王門は宝永4年(1707)に久世大和守により大改造された。
定価 10000円 消費税・送料 800円
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長勝寺仏殿・山門 茨城県有形文化財
山号は海雲山。文治元年(1185)源頼朝の願で開山。その後、古鍾(元徳2年(1330))の頃までは隆盛であった。南北朝から戦国時代にかけて衰微し、江戸時代初期まで荒廃していたが徳川光圀の代、元禄年間に太嶽を中興開山として迎え、堂宇を復興した。現在の仏殿は元禄七年(1694)に鎌倉時代の堂を大改修したものである。徳川幕府より寺領十石の朱印が与えられている。
定価 10000円 消費税・送料 800円
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飯縄寺本堂 千葉県有形文化財
飯縄寺は「天狗の寺」として知られ、山号を明王山無動院という。慈覚大師円仁の開創と伝えられる。室町時代に上杉謙信や武田信玄など武士が信仰していた飯縄大権現を祀られている。飯縄信仰は近隣だけでなく遠く、江戸、東北,東海にまで及んでいる。現本堂は寛政9年(1797)の建立。彫物は名人・初代「波の伊八」の作として有名である。
定価 10000円 消費税・送料 800円
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月山寺観音堂
月山寺は延暦年中、徳一がひらいたと伝えられている。元亀二年、織田信長の叡山焼打のため叡山西塔東覚院に住していた舜慶法印は転籍を抱え常陸に下り、月山寺八世学頭職を継ぎ多くの書籍を書写するとともに談所の充実に意を注いだ。舜慶法印はのち青蓮院尊朝親王の令旨を得て叡山に上り、山門の復興に努め、探題大僧正に補任されている。寛永九年(1632)水谷伊勢守勝隆の再建である。何故か堂扉悉く左前なり、世俗に「左前の観音」という。
定価 10000円 消費税・送料 800円
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和光院不動堂 内原町指定文化財 真言宗智山派傳燈山和光院明楽寺と称し、南北朝時代中期の康安元年(1361)に鹿島神生に開基された。本尊は延命地蔵菩薩で弘法大師の作と伝えられている。また、不動堂に安置の不動明王の胎内佛・秘不動明王もこれまた弘法大師の作という。他に寺宝として血不動尊の画幅がある。この不動堂の棟札には、大工棟梁として、地元の宍戸・冨田喜左右衛門の名が記されている。一方、昭和三九年からの屋根替工事中に発見された墨書には、大工上総国武射郡戸井又右衛門、とあったという。棟札と小屋裏墨書では大工名が異なっているのである。
定価 5000円 消費税・送料 800円
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飯野八幡宮本殿 国指定 重要文化財 飯野八幡宮は、文治二年(1186)に京都の石清水八幡宮から御正体を勧請し、物見岡に建立されました。その後、慶長七年(1602)にこの地に移った鳥居忠政が平城を建設にあたって、社殿を現在地に移された。現本殿は慶長19年に火災にあい焼失した後、元和元年より造営を始め、元和二年(1616)に完成した。
頒布価格 1、0000円
詳細は飯野八幡宮にお電話下さい。
福島県いわき市平字八幡小路
TEL 0246 21 2444
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