近代建築図鑑

宮城県 南部(仙台市・仙南地区)

東北大学 書庫 東北大学 本部棟1 東北大学 本部棟2 東北大学 史料館 東北大学多元物資化学研
旧第二高等学校書庫 帝国大学理学部化学教室 旧第二中学校物理実験室 旧帝国大学付属図書館 旧帝国大学 工学部教室
仙台市青葉区片平1丁目 仙台市青葉区片平1丁目 仙台市青葉区片平1丁目 仙台市青葉区片平1丁目 仙台市青葉区片平1丁目
1910(明治43年) 撮影 92-09 1927(昭和2年) 撮影 92-09 1891(明治24年) 撮影 92-09 1925(大正14年) 撮影 92-09 1930(昭和5年) 撮影 01-10
★国登録文化財 ★国登録文化財 ★ ? ★国登録文化財 ★国登録文化財
size 2031 X 2645 size 3312 X 2152 size 3344 X 1854 size 3304 X 2112 size 2924 X 1984
06-0001-01 06-0001-02 06-0001-03 06-0001-04 06-0001-05
現在の片平キャンパスは第二高等学校の校舎として明治22年から大正14年までの設置された。その後大正14年に東北帝国大学に移管された。移管後から現在まで考古学関係の収蔵庫として使われ、現存する数少ない遺構である。 東北大学本部棟1は,旧東北帝国大学理学部化学教室棟として昭和7年に建てられた。鉄筋コンクリート造3階建、外壁はスクラッチタイル、背面側を廊下として表側に教室が配置されている。昭和初期の大学校舎の好例である。   この建物は東北帝国大学附属図書館閲覧室として建設された。図書館が川内地区に移転後、東北大学記念資料室新館として公開されている。設計は文部省の技師であった小倉強でその後、東北大学工学部建築学科教授になる。
旧東北帝国大学の機械工学及電気工学教室として昭和5年にたてられた。L字形の平面の3階建ての鉄筋コンクリート造建築である。建築の施工や設計に関わったのは当時の営繕課長の小倉強、および增田八郎である。

 

東北大学21世紀ITセンター 東北大学21世紀ITセンター 東北大学 職員集会所 東北大学 東北大学 学生ホール
旧仙台高等工業建築学科 旧仙台高等工業建築学科 第二高等中学物理学教室 本多記念館 旧第一中学校雨天体操場
仙台市青葉区片平1丁目 仙台市青葉区片平1丁目 仙台市青葉区片平1丁目 仙台市青葉区片平1丁目 仙台市青葉区片平1丁目
1930(昭和5年) 撮影 02-06 1930(昭和5年) 撮影 02-06 1890(明治23年) 撮影 92-09 1941(昭和16年) 撮影 02-06 1897(明治30年) 撮影 02-06
★国登録文化財 ★国登録文化財 ★ ? ★国登録文化財 ★ ?
size 3296 X 2127 size 2100 X 3268 size 2041 X 3100 size 3167 X 2119 size 3063 X 2050
06-0001-06 06-0001-07 06-0001-08 06-0001-09 06-0001-10
旧仙台高等工業学校は明治39年に設置された。この建物は昭和5年に建築学科が新設され、それに伴い建築学科棟が新築された。片平キャンパス南端に位置している。設計は文部省建築課、施工は大阪大林組である。
    東北帝国大学第六代総長本多光太郎は鉄鋼研究に関する第一人者で、金属材料研究所の初代所長であった。その功績を記念し記念会が組織され、寄付金をもとに2年をかけて昭和16年に完成した。地下1階、地上3階建て。

 

            
JR東日本 東北学院 的場邸 旧外人宣教師館 ● 西欧館
北仙台駅 旧宣教師館「デフォレスト館」 石原謙邸 主屋 旧大東京火災海上仙台支店
仙台市青葉区昭和町6 仙台市青葉区土樋1-3-1 仙台市青葉区錦町1-9 仙台市青葉区錦町1-13 仙台市青葉区大町1-1
1929(昭和4年) 撮影 01-10 1888(明治21年) 撮影 87-10 1927(昭和2年) 撮影 87-10 1897(明治30年) 撮影 87-10 1936(昭和11年) 撮影 01-10
★国指定重要文化財 ★ 不明 取毀? ★ 取毀
size 3312 X 1703 size 3163 X 2983 size 3117 X 2035 size 3328 X 2080 size 2035 X 3273
06-0001-11 06-0001-12 06-0001-13 06-0001-14 06-0001-15
北仙台駅は、仙山線の仙台駅から愛子駅までの区間が昭和4年に開通した際に開業した。開業以来改修を重ねてきたが、基本的な構造はそのままである。マンサード屋根の建築様式。縦長の窓に半円形の飾り窓が付く。
英語教師として東北学院で教鞭をとっていたシップルに因みで長く「シップル館」と呼ばれていたが、元の旧宣教師・デフォレストに由来する旧宣教師館「デフォレスト館」と名称を替えた。昭和初期の洋風木造建築である。 東北帝国大学で宗教史学者の教授・故石原謙博士がフランク・ロイド・ライトの高弟・遠藤新が設計した住宅である。博士が東京女子大学長に移り、東北大学教授の的場幸雄氏に譲られた。竣工は昭和2年モルタル2階建てである。

大東京火災海上保険仙台支店の建物であった。早稲田大学に建築科を創設した佐藤功一の設計。鉄筋コンクリート造り、2階建。佐藤功一の作品は早稲田大学大隈講堂、日比谷公会堂の他に群馬県や栃木県の旧県庁舎などがある。

 

● 農林中央金庫 仙台市歴史民俗資料館 石橋屋 白石城 専念寺
仙台支店 旧第四連隊兵舎 主屋 天守 本堂
仙台市青葉区 仙台市宮城野区五輪1-3-7 仙台市若林区舟丁63 白石市益岡町1-16 白石市中町
1935(昭和10年) 撮影 01-10 1874(明治7年) 撮影 91-03 1951(昭和26年) 撮影 02-06 1995(平成7年) 撮影 00-06 1907(明治40年) 撮影 01-10
★ 平成18年に取毀 ★市指定文化財 ★杜の都景観重要建造物 ★市指定史跡 ★ 
size 3081 X 2100 size 3120 X 1983 size ・・・5点 size 3243 X 1984 size 3186 X 1840
06-0001-16 06-0001-17 06-0001-18 06-0010-01 06-0010-02

旧第四連隊兵舎は明治7年に陸軍第二師団歩兵第四連隊の兵舎として建築された。7棟あった兵舎のうち6棟が解体され、1棟のみ建築当初の姿に復元し移築保存された。市指定有形文化財で仙台市歴史民俗資料館となっている。 七郷堀に向かって垂れるしだれ桜が有名である。その脇にあるお店・は仙台で有名な駄菓子屋である。近くを旧奥州街道が通り、この一角には戦災を免れ、「杜の都景観重要建造物」に指定されている建物が8軒有る。
この天守閣は白石城三階櫓で、平成7年に復元された。明治7年に取り壊されたが木造で再建された。発掘調査を行い、文政6年再建後の構造によって史実に忠実に建てられたという。戦後の木造での城郭復元として最初のものである。
片倉家は伊達政宗の近習になった片倉小十郎景綱が有名である。専念寺はその
片倉家ゆかりの寺である。宗派は浄土真宗本願寺派で初代景綱公に重用された。境内にある太子堂には法隆寺の聖徳太子像の分身が安置される。

 

専念寺 戸沢宿付近 戸沢宿付近 角田市郷土資料館 ● 江尻排水機場
左・聖徳太子堂・右・仏教会館 町並み 町並み 旧氏丈邸 江尻第1排水機関建屋
白石市中町 白石市上戸沢、下戸沢 白石市上戸沢、下戸沢 角田市角田字町17 角田市江尻
1923(大正12年) 撮影 01-10         撮影 11-09         撮影 11-09 明治時代    撮影 02-04 1929(昭和4年) 撮影 92-09
★  ★日本の道100選 ★日本の道100選 ★市指定文化財  ★ 取毀
size 3296 X 2143 size ・・・6点 size ・・・6点 size 4719 X 3231 size 3093 X 1905
06-0010-03 06-0010-04 06-0010-04 06-0012-01 06-0012-02
  上戸沢、下戸沢は七ヶ宿街道の宿場町として栄えた集落で、仙台領境の為、番所や検断屋敷が設けらていた。七ヶ宿街道は、福島県の桑折と山形県の上山を結ぶ。この街道は、「日本の道100選」にも選定されている。
明治初期に氏家丈吉が分家した当初は間口5間ほどの商家であったが財力を付け、間口20間の大邸宅になった。店蔵、母屋、文庫蔵などがあり、店蔵は土造2階建、外壁は白漆喰、腰壁は海鼠壁で作られている。
阿武隈川が増水するたびに尾袋川に逆流して、地域に冠水被害見舞われた。明治24年に木造であったものを石造に改築され、国の補助により昭和4年に江尻第1排水機関建屋、昭和8年に江尻第2排水機関建屋が造られた。

 

● 同済病院 ● 毛利金融角田支店 ● 伊具蚕糸会館 ● 旧東北実業銀行 竹駒神社
安達邸・同済病院 秋山自動車事務所 会館 角田支店 馬事博物館
角田市角田字町 角田市角田字町 角田市角田字町 角田市角田字町 岩沼市稲荷町1
1931(昭和6年) 撮影 92-09 1912-26(大正期) 撮影 92-09 1932(昭和7年) 撮影 92-09 1919(大正8年) 撮影 92-09 1937(昭和12年) 撮影 92-09
★ 取毀 ★ 取毀 ★ 取毀 ★ 取毀 ★国登録文化財
size 3264 X 2127 size 2085 X 3032 size 2402 X 1953 size 2096 X 2989 size 3303 X 2119
06-0012-03 06-0012-04 06-0012-05 06-0012-06 06-0014-01
   

昭和初期の鉄筋コンクリートの日本趣味の「帝冠様式」の建築。平屋建て寄棟銅板葺き、鴟尾、懸魚、蟇股等、和風の細部意匠、洋風の縦長の上げ下げ窓腰壁は、凝灰岩の石造で、壁にはスクラッチタイルを使う。設計は我妻駒之進

 

日本基督教団 猪股時計店 大河原カトリック教会 日本キリスト教団 村田の町並み
岩沼教会 店舗 天主堂 大河原教会堂 伝統的建造物群保存地区
岩沼市桜2-3-2 岩沼市中央1丁目 柴田郡大河原町 柴田郡大河原町 柴田郡村田町大字村田
1930(昭和5年) 撮影 92-09 1924(大正13年) 撮影 92-09 1997(平成9年) 撮影 92-09 1933(昭和8年) 撮影 92-09 1891(明治24年) 撮影 07-06
★  ★ 取毀 ? ★国建造物群保存地区
size 3251 X 2092 size 2952 X 2073 size 2104 X 3319 size 2018 X 2866 size ・・・15点
06-0014-02 06-0014-03 06-0110-01 06-0110-02 06-0112-01
岩沼教会は、石造平屋、3階建て鐘楼部分が尖塔形、礼拝堂は切妻で金属板葺き、縦長の上げ下げ窓で上部がファンライト。東北学院教師だった作家島崎藤村も学生を連れ、たびたび訪れたという。設計はヴォーリズ建築事務所。   大河原町に最初に建てられた洋風建築は大正4年建立の大河原カトリック教会である。設計は北日本最初の邦人司祭である新谷雄三郎。木造平屋建で外壁は下見板張り、鐘楼があり、その尖端に十字架の軒飾りがある。
  伊達政宗の七男・伊達正高が支配した城下町。会津から村田業朝が一族を率いて移り住んだのが地名の起り。後に紅花や藍の商取引を行って栄えた。酒田や山形と交通の便がよく、往時の繁栄を物語る豪華な店蔵が多く残る。

 

かねか ヤマジュウ イゲタマル カクショウ 旧丸森郵便局
やんべ(山家)店蔵 大沼家店蔵 升家店蔵 大沼家店蔵 局舎
柴田郡村田町大字村田 柴田郡村田町大字村田 柴田郡村田町大字村田 柴田郡村田町大字村田 伊具郡丸森町字町西
1901(明治34年) 撮影 07-06 明治初期 撮影 07-06 明治初期 撮影 07-06 大正初期 撮影 07-06 1935(昭和10年) 撮影 92-08
★国建造物群保存地区 ★国建造物群保存地区 ★国建造物群保存地区 ★国建造物群保存地区 ★国登録文化財
size size size size size 2559 X 2119
06-0112-01 06-0112-01 06-0112-01 06-0112-01 06-0124-01
   

旧丸森郵便局は昭和初期に建てられた近代建築である。通りに東面して木造2階建。片流屋根の鉄板葺。外壁は2階が人造石洗出し仕上げ、1階がスクラッチタイル貼で腰を花崗岩貼とする。国登録有形文化財に登録される。

 

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2022-02-10開始  修正 2022.06.21