近代建築図鑑

岩手県

盛岡市中央公民館 岩手大学農業教育資料館 岩手県公会堂 岩手県公会堂 岩手歯科大学2号館
旧南部伯爵別邸 盛岡高等農林学校旧本館 会館 会館 旧岩手病院
盛岡市愛宕町14-1 盛岡市上田3-18-8 盛岡市内丸11-2 盛岡市内丸11-2 盛岡市内丸19-1
1908(明治41年)撮影 00-06 1912(明治45年) 撮影 00-06 1927(昭和2年) 撮影 02-10 1927(昭和2年) 撮影 02-10 1926(大正15年) 撮影 00-06
★国登録文化財 ★国指定重要文化財
size 2977 X 1818 size 3196 X 1942 size 2644 X 4005 size 2528 X 2014 size 2865 X 1803
03-0001-01 03-0001-02 03-0001-03 03-0001-04 03-0001-05
盛岡藩が造営した「御薬園」跡で、御薬園が廃止になり、大規模な造園をし、明治維新後に華族となった旧盛岡藩南部家の別邸として新築された。設計は盛岡市出身の建築家・葛西萬司。葛西は辰野金吾と共に活躍した建築家。 明治35年に日本で、最初の高等農林学校として設置された盛岡高等農林学校の本館として、明治45年5月に起工し、同年(大正元年)11月に竣工した。木造二階建ての欧風建築で、設計は旧文部省の技手・谷口鼎が担当した。 昭和天皇のご成婚を記念し手、企画され昭和2年に完成した。公会堂の設計者は、早稲田大学の建築学科創設に参加し、教授、建築科主任教授の佐藤功一。スクラッチタイル張り外装や塔屋は日比谷公会堂に似ている。
昭和3年に設立された私立岩手医学専門学校の本館として大正15年に建てられた。第二次世界大戦後、学制改革後「岩手医科大学」と名称を変える。設計は盛岡市出身の葛西萬司、施工は吉田与八という。コンクリート4階建。

 

森九商店(茣蓙九) 紺屋町番屋 佐藤写真館 ライト写真館 ライト写真館
店舗 望楼付番屋 店舗 店舗 店舗
盛岡市紺屋町1-31 盛岡市紺屋町 盛岡市中央通1-13-60 盛岡市中央通1-6-16 盛岡市中央通1-6-16
幕末-明治 撮影 00-06 1913(大正2年) 撮影 02-10 1928(昭和3年) 撮影 83-04 1929(昭和4年) 撮影 83-11 1929(昭和4年) 撮影 83-11
★市景観建造物 ★市景観建造物
size 3069 X 1336 size 2014 X 3022 size 2965 X 2034 size 2000 X 3245 size 1996 X 2983
03-0001-06 03-0001-07 03-0001-08 03-0001-09 03-0001-10
茣蓙九商店は紺屋町にある。広い敷地に,数棟が建物があり、通りの道路側に店舗と住居が見え、で中津川沿いに蔵と塀がある。建物は昔の平屋と2階建で横長に伸びており、江戸から明治時代の古風な商家の風情がある。
明治時代に盛岡消防よ組番屋として建てられた建物を、大正2年に消防組第四部事務所として改築された。棟札に「大正貳年七月中浣」とある。公共施設に見られる木造洋風の2階建て形式で、屋根の中央に背の高い望楼がある。  

 

            
もりおか啄木・賢治青春館 岩手銀行赤レンガ館 盛岡信用金庫 盛岡信用金庫 唐たけし写場
旧九十銀行 旧盛岡銀行本店本館 旧盛岡貯蓄銀行本店 旧盛岡貯蓄銀行本店 店舗
盛岡市中の橋通1-1-25 盛岡市中の橋通1-2-20 盛岡市中の橋通1-4-6 盛岡市中の橋通1-4-6 盛岡市中ノ橋通1-5-2
1910(明治43年) 撮影 00-06 1911(明治44年) 撮影 00-06 1927(昭和2年) 撮影 02-10 1927(昭和2年) 撮影 00-06 1935(昭和10年)頃 撮影 00-06
★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財 ★市指定文化財  ★市指定文化財
size 2649 X 2085 size 3312 X 2071 size 2512 X 3911 size 2721 X 1999 size 1605 X 2387
03-0001-11 03-0001-12 03-0001-13 03-0001-14 03-0001-15
旧第九十銀行本店本館は,明治43年に竣工した。構造は,煉瓦造2階建,屋根はドーマー窓,天然スレートおよび銅板で葺かれている。設計は明治39年に東京帝国大学を卒業して間もない,盛岡出身の若き建築家・横濱勉による。
明治44年に盛岡銀行の本店行舎として落成した。その後、岩手殖産銀行(後に岩手銀行に名称変更)が本店として営業。設計は建築家・辰野金吾と葛西萬司が主宰する辰野・葛西建築事務所である。東北地方に残る唯一の作品。 昭和2年に盛岡貯蓄銀行の本店として建てられた。意匠的には外観に新古典主義、建物前面の列柱,軒蛇腹など銀行建築様式を使う。構造は鉄筋コンクリート造である。設計は盛岡市出身の葛西萬司の主宰した葛西建築事務所である。

 

 

旧渋民小学校・啄木記念館 ● 旧桜城小学校 ● 第一映画劇場 ● 中央劇場 データ無し
旧渋民尋常小学校 校舎 映画館 映画館 不明
盛岡市玉山区渋民 盛岡市大通3丁目 盛岡市中央通 盛岡市中央通 盛岡市
1884(明治17年) 撮影 00-06 1908(明治41年) 撮影 83-04 昭和初期 撮影 83-04 昭和初期 撮影 83-04 大正時代? 撮影 83-04
★ 取毀 ★ 取毀 ★ 取毀
size 3287 X 1732 size ・・12点 size 2088 X 3076 size 1876 X 2957 size 2101 X 3259
03-0001-16 03-0001-17 03-0001-18 03-0001-19 03-0001-20
旧渋民尋常小学校は,明治17年,旧渋民村の愛宕神杜脇に建設された。その後,大正2年に移転し,廃校後は,松内地区公民館に利用された。柾屋根造り,連子格子など、明治初期の面影か残され、明治期の学校校舎として貴重。
 

 

 

中島旅館 谷内村農会館 みちのく民俗村 旧高橋家住宅 八幡家住宅
本館 旧谷内村役場庁舎 旧黒沢尻高等女学校舎 主屋 主屋
花巻市台温泉 花巻市東和町谷内 北上市立花14-59 奥州市水沢区大畑小路 奥州市水沢区大手町5-4
1933(昭和8年) 撮影 07-09 1932(昭和7年) 撮影 18-10 1927(昭和2年) 撮影 00-06 1888(明治21年) 撮影 18-10 明治初期 撮影 01-12
★国登録文化財 ★国指定重要文化財
size ・・8点 size 3925 X 2323 size 3258 X 2121 size 2574 X 3417 size 3222 X 2182
03-0010-01 03-0010-02 03-0014-01 03-0020-01 03-0020-02
    黒沢尻町の町立実科女学校として設立され、その後、高等女学校に名称を変更された。木造2階建、洋風の学校建築。昭和53年に陸奥民俗村に移築復元された。外壁は下見板貼で、昭和期の建築だが、明治建築の面影を残す。
旧水沢城下に有り、武家住宅ながら明治21年に建てられた。主屋は唐破風造の式台玄関を構える豪壮な外観で、室内は中国趣味の高価な材料と障壁画など、明治期の豪奢な近代和風住宅。また表門や蔵座敷など屋敷構えもよく残る。
八幡家住宅は、代々留守家に仕えた武士の出で、大手門から東にのびる大手小路は重臣の屋敷の置かれた土地である。明治初期に建てられた和洋折衷の数奇屋風の主屋やある。屋敷は、明治14年の明治天皇の随行員の宿舎になった。

 

小野寺時計店 翠川印房 後藤伯記念公民館 水沢市緯度観測所 水沢市緯度観測所
店舗 店舗 旧水沢市公民館 木村榮記念館 奥州宇宙遊学館
奥州市水沢区大町 奥州市水沢区 奥州市水沢区表小路 奥州市水沢星ヶ丘町2-12 奥州市水沢星ヶ丘町2-12
大正後期 撮影 01-12 1935(昭和10年) 撮影 92-07 1941(昭和16年) 撮影 18-10 1900(明治33年) 撮影 92-07 1921(大正10年) 撮影 92-07
★国登録文化財 ★国登録文化財 ★国登録文化財
size 2057 X 2984 size 2629 X 2133 size 3337 X 2315 size 3319 X 2144 size 3312 X 2143
03-0020-03 03-0020-04 03-0020-05 03-0020-06 03-0020-07
    当時の読売新聞社社長正力松太郎が親交のあった後藤新平を顕彰して水沢市に寄贈した公民館である。平成13年まで公民館として使用され、「水沢市後藤伯記念公民館」と改称された。本館南寄りを大きな切妻屋根が特徴である。
水沢市緯度観測所は世界で同緯度で観測出来るようにと北緯39度8分に建てられた6箇所の内の1つで、木村榮記念館は初代の本館である。木造平屋建、寄棟造桟瓦葺で、外壁下見板張。観測所の歴史を今に伝える建物。
二代目の本館として建てられた。寄棟造桟瓦葺、木造二階建で、外壁は下見板張、上部小壁漆喰塗、屋上にはドーム状の屋根を持つ望楼がある。全体に建ちが高く、柱形、窓配置など垂直線を強調した外観が特徴である。

 

黒石寺 黒石寺 ● 水沢銘菓本舗 明治記念館 菊田一夫記念館
本堂 御供所鐘楼 店舗 旧岩谷堂共立病院 中善蔵
奥州市水沢黒石町字山内17 奥州市水沢黒石町字山内17 奥州市水沢区一番丁 奥州市江刺区岩谷堂 奥州市江刺区大通り
1884(明治17年) 撮影 01-12 1884(明治17年) 撮影 01-11 昭和初期 撮影 92-07 1874(明治7年) 撮影 18-10 1912(明治45年) 撮影 18-10
★ 取毀 ★県指定文化財 ★市指定文化財
size 3184 X 2068 size 他・・7点 size 3109 X 2335 size ・・4点 size 3523 X 2309
03-0020-08 03-0020-09 03-0020-10 03-0020-11 03-0020-12
黒石寺は、岩手県奥州市水沢黒石町山内(もと江刺郡黒石村)にある天台宗の寺院で、山号は妙見山。本尊は薬師如来である。本尊のある薬師堂が本堂になっている。五間堂で正面に一間の大きな向拝が付く。屋根は寄せ棟造。 明治14年の山火事で焼失した後、御供所鐘楼の建物は1階が御供所と呼ばれ、蘇民祭の時に供物を準備する場で、2階が鐘楼になっている。本堂と共に花巻の大工で二代目の高橋勘次郎の作である。代表作に胡四王神社拝殿がある。
旧岩谷堂共立病院は、明治8年に岩手県初の西洋医学における総合病院として創建された。建物は開院の前年、明治7年竣工した。地元の大工棟梁・及川東助で、楼閣風の擬洋風様式の病院建築である。その後、役場などに使われた。
2棟の蔵は、赤煉瓦造りで、故小原善次郎により明治45年に建造された。当初は東蔵には百一体の観音像が祀られ、西蔵は穀倉として使われていた。現在は東蔵は菊田一夫記念館として、西蔵をおまつり伝承館となっている。

 

宮守川橋梁 日本キリスト教団一関教会 加瀬谷家米倉 花泉の鏝絵 宮沢賢治記念館施設
めがね橋 一関伝道教会 土蔵 土蔵 東北砕石工場
遠野市宮守町下宮 一関市城内 一関市花泉町 一関市花泉町 一関市東山町松川
1943(昭和18年) 撮影 07-09 1929(昭和4年) 撮影 92-07 明治前期 撮影 09-09 明治〜大正 撮影 09-09 1924(大正13年) 撮影 09-09
★近代化産業遺産 ★国登録文化財 ★国登録文化財
size 3648 X 2736 size 2794 X 4447 size ・・9点 size ・・4点 size ・・5点
03-0024-01 03-0030-01 03-0030-02 03-0030-03 03-0030-04
JR東日本の釜石線の鉄道用アーチ橋で、国道283号と宮守川を跨いでいる。旧橋は宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』のモチーフにもなった。平成14年に土木学会選奨土木遺産に、平成21年には近代化産業遺産に認定される。 宮古教会牧師である羽生義三郎が設計思想の中心となり建てられた。木造平屋建、鉄板葺き、外壁は下見板張り、聖堂正面右側の尖塔が象徴的な意匠となっている。昭和初期当時の教会建築の典型。登録有形文化財に指定される。

旧東北砕石工場は、地元で産出される石灰岩の砕石し、酸性土壌を中和する石灰石粉を製造する施設として、大正13年に建設された。晩年の宮沢賢治が技師として働いていた。小岩井農場に輸送され、土壌改良剤として使用さる。

 

● 昭和病院 ● 酔仙酒造 ● 酔仙酒造 ● 酔仙酒造 ● 鵜浦病院
看護婦寮 倉庫 守衛所舗 守衛所
一関市田村町 陸前高田市高田町字大石1-1 陸前高田市高田町字大石1-1 陸前高田市高田町字大石1-1 陸前高田市
1923(大正12年) 撮影 92-07 1930(昭和5年) 撮影 00-06 1930(昭和5年) 撮影 00-06 1930(昭和5年) 撮影 00-06 昭和初期 撮影 00-06
★ 取毀 ★ 取毀 ★ 取毀 ★ 取毀 ★ 取毀
size 2788 X 2076 size 2979 X 1698 size 2799 X 2106 size 4171 X 2424 size 2959 X 1976
03-0030-05 03-0036-01 03-0036-02 03-0036-03 03-0036-04
  東日本大地震被災 東日本大地震被災 東日本大地震被災
 

 

● JR陸前高田駅 小岩井農場 千田正記念館 千田正記念館 城内諏訪小路
駅舎 本部事務所 正光館 住宅 町並み保存
陸前高田市並杉 岩手郡雫石町丸谷地36-1 胆沢郡金ヶ崎町三ヶ尻 胆沢郡金ヶ崎町三ヶ尻 胆沢郡金ヶ崎町諏訪小路
1933(昭和8年) 撮影 92-07 1903(明治36年) 撮影 00-06 1927(昭和2年) 撮影 00-06 1930(昭和5年) 撮影 00-06 江戸後期〜明治 撮影 00-06
★ 取毀 ★国指定重要文化財 ★国登録文化財 ★国登録文化財 ★伝統的建造物群保存地区
size 3319 X 2111 size ・・7点 size 4608 X 3456 size 4508 X 3276 size ・・13点
03-0036-05 03-0110-01 03-0120-01 03-0120-01 03-0120-01
  岩井農場内の歴史的建造物21棟が国の重要文化財にしていされた。本部事務所は小岩井農場の中心的な施設である。農場全体を見渡す位置にあり、木造平屋建・寄棟造で屋根に望楼が付く,下見板張りの洋風建築である。 右側の正光館は県知事公舎の洋館応接部を移築したもので、昭和2年に建てられた洋風建築で、縦に長い上げ下げ窓などを採用してある。外壁は下見板張りで屋根は変形した寄せ棟、瓦葺である。板倉も登録文化財になっている。 千田正記念館は金ケ崎町出身で参議院議員、岩手県知事を勤めた千田正の記念館である。生家は昭和5年の建物で、木造二階建、鉄板葺。外壁に丸窓を設けるなど、和風と洋風が混在した、当時の建築の様相を表している。
金ヶ崎町城内諏訪小路伝統的建造物群保存地区は、仙台藩内では大身家臣は在郷屋敷が与えられ、その屋敷は要害とよばれた。かつての要害と武家地のほぼ全域にあたり、地区の周囲は川や樹木帯などの豊かな自然に囲まれている。

 

近代建築図鑑 トップ

古建築研究会 トップ

列島古建築紀行

2022-02-10開始  修正 2022.04.01